2017年04月21日

政治家・官僚の末期症状の現れ/教育勅語への前のめり姿勢/国家のために死ね?「道徳の内容」を国が定め、子どもに押し付ける教育の結果、学校から自由や発見が奪われてしまったのです。大森直樹東京学芸大学准教授(教育学) 連合通信



◆170422・インタビュー/政治家・官僚の末期症状の現れ/教育勅語への前のめり姿勢/大森直樹東京学芸大学准教授(教育学)

 安倍政権が教育勅語の積極活用に前のめりになっている。稲田朋美防衛大臣が「(教育勅語の)精神は取り戻すべきだ」と答弁したのに続き、憲法や教育基本法に反しない形での教材活用を「否定しない」との政府答弁書を閣議決定した。こうした教育勅語「復活」の動きをどうみるべきなのか。道徳教育の歴史に詳しい東京学芸大学の大森直樹准教授に聞いた。

 ――戦前、教育勅語がどう教えられていたのかをまず教えてください。
 大森 修身(道徳)は1886年の省令で尋常小学校の筆頭教科、つまり一番重要な科目に位置づけられました。その4年後に出されたのが教育勅語です。
 勅語を受け、翌1891年に「修身は教育勅語の『道徳の内容』11項目を教える教科」と定義されました。そしてこの11項目の中で最重視されたのが「一旦緩急あれは義勇公に奉し以て天壤無窮の皇運を扶翼すへし」だったのです。

●国家のために死ね?

 ――その解釈は、さまざまな訳が出ていますが…。
 大森 教育勅語は難解で、当時も読んですぐ意味が分かる人はほとんどいませんでした。ですから学校で子どもたちに教える際には解説書が必須。この事実を踏まえない議論には意味がありません。
 最初に出された解説書は文部大臣の芳川顕正が東京帝大教授の井上哲次郎に書かせた「勅語衍義」。オフィシャル的な解説書なのですが、そこには次のように説かれています。
「徴兵の発令を受けたときは必ず喜んでこれに応じるべきで、決して逃亡して戦地に赴くことを避けてはなりません、真正の男子にとっては、国家のために死ぬことほど愉快なことはありません」
 ――その教えに子どもは影響を受けたのですね。
 大森 それがまだ十分に解明されていないのです。子どもたちは勅語をどう受け止め、天皇崇拝と愛国心がどこまですり込まれたのか。戦後も調査をしませんでした。
 ただ言えるのは、教育勅語が教育の中心に位置づけられる中、学校が窮屈になっていたということ。例えば、農民作家の佐藤藤三郎さんの体験です。彼の友人が崖で魚の化石を発見して喜んだ時、「なぜ、ここに魚の化石があるのか考えよう」と共に喜ぶ教師は一人もいなかったと佐藤さんは述懐しています。
 子どもと教師が生活の中で起きている現象を共に発見し、学び、喜んでいくのが本来の教育。「道徳の内容」を国が定め、子どもに押し付ける教育の結果、学校から自由や発見が奪われてしまったのです。

●検証と歴史認識が欠落

 ――「道徳」が教科化される中で出された「教育勅語」の是認問題は戦前回帰と捉えるべきですか。
 大森 本来、教育内容は各学校と教師一人一人が練り上げていくもの。告示に過ぎない学習指導要領の下で国が一元的に教育内容を決めるという点でいえば、戦前の仕組みは以前から復活しています。道徳教育に関しても1958年の導入以来、子どもたちが身につける「道徳の内容」(小学校は58年36項目、89年より22項目)を国が規定してきました。
 私が今、一番危機感を感じるのは、戦前の愛国心教育がどういう役割を果たし、そこに教育勅語がどう使われたのかという検証がないまま、この問題が持ち出されていることです。歴史認識が欠落しています。
 しかも、〃教育勅語を学校のなかにどう位置づけるのか〃といった彼らなりのプランを描いているわけでもない。保守層の支持者や党内に受けるだろうという程度の意識です。そして国民向けには「いじめへの対応」を道徳教育「充実」の口実として掲げるなど、惰性と場当たり的な対応を続けてきました。
 そうした点を考えると、政治家と官僚の劣化が進み、その末期症状として現れたのが、今回の「教育勅語」問題という気がしています。

〈写真〉
「連合通信・隔日版」
posted by さとやん at 19:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: